昭和46年1月16日 夜の御理解
○少の合宿、あのバンドの稽古をやっております。光昭が○少の会議で甘木のほうへ行っております。そんなわけでございましたから、幹三郎が光昭の代わりをやっておりますけれども、ここで皆が揃いましたから、御祈念をする時に、幹三郎が先唱でやっておりましたが、一生懸命で天津祝詞、拝詞、天地書附を奉唱させて頂いて、先唱するということはやはり度胸の要る事でだから、皆さんでも御祈念をなさる時にはね、自分が先唱しておるような気持ちで一生懸命あげなさるのと、ぼそぼそあげておるのとは大変な違いです。
神様の前に特に朝の御祈念なんかはやはりみんなが一生懸命になっておりますから、自分もね自分も先唱しておるような気持ちでおあげになるほうが効果的といえば可笑しいけれども一生懸命がここに出てくるのですよ。ね。私が今日その幹三郎のことをここから見せて頂き乍、こっちから力をつけてやりたいようなあの感じでした、あの、一生懸命、口がよくその言葉が出らないのですよ。それを一生懸命その(?)確かに今の、歌舞伎座のこの本を贈ってきておるこれを見せて頂きましたらあの俳優さんたちが俳優達が載っております。それに、幾人者中にあの歌右衛門と(?)のあの、(?)中に正月はまず何というても親教会のあの、金光様の信者ですから金光様のお参りからまず始まるといったようなことを書いてあるわけなんです。
私はそれを読ませて頂きながらね偉いなと思いますよね。どうどうと例えばどちらにおいでですか、はい、ちょいとそこまでというてから、金光様に参りよるというと何か悪いところに行きよるようなものであの言う人がありますよね。あの堂々と金光様のご信心を頂いておるのだということが売って出せれるということがありがたい。そういう意味合いでもやはり、今日の( ?)常日頃やっぱり一生懸命のものがなからなければならんし、また、自分が頂いておる信心に一つの立派な信心をしておるのだという確信をもたなければいえる事ではないのですよね。
歌右衛門さんのちょっと読んでみましょうかね。「お正月というと我々の方は、二日からお仕事ですから、ろくろく休む事は出来ません。大晦日と元日とがお休みとは言う物も、舞台の事が気にかかり、何やら気ぜわしくゆったり出来ませんね。私共の家は代々金光様の信仰して、金光様をご信仰しておりますので、元日は目を覚ますと身を清めお雑煮を祝い家族一同でさっそく麹町の金光様へお参りに行きます」
だから(?)やっぱりそうです。三十日の舞台稽古が終わろうとしておると、しかし、大晦日と元日の二日だけのお休みで(?)わけにもいわば、何となく気が落ち着きません。私は大体お餅が嫌いです。お餅を食べるとどうも声が出にくくなるのです。そこでお正月は元日だけお雑煮を祝ってその後から普通の御飯にしております。元日はおとそでお雑煮を祝った後、カレーに(?)まず金光様にお参りをし、墓参りをし、先輩方のお宅へ年頭のあいさつ周りを済ませて家へ帰って出来るだけのんびりと体を休めますといったような。あの、役者の中には金光様のご信者が( ? )それからあのね、( ? )大阪では市川円弱のところかね、それからガン次郎さんたちですね、あの、が、親子全部金光様のご信心。それで、金光様のご信心を頂いておるという事を隠そうというぐらいな人がありますよね。皆さんがご信仰仕り( ? )やはり一生懸命のないからだと思いますよね。とにかく何でも同じ事、生き生きとした一生懸命が例えばどうぞ今夜は先唱する人がありませんから誰々さん先唱して下さいと言われたらはいといつでも、皆が先唱出来る位なね、あの、おかげを頂かなければ駄目だと思いますよね。